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歴史好き・グルメ好きのcotoがみた、観光客目線の京都ガイド

神護寺 ~2014 紅葉~ 

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朝もやに映える赤、オレンジ、緑のグラデーション

待ち焦がれた紅葉にやっと出会えました♪









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石段を登った疲れも飛んでいってしまうほどの色とりどりの紅葉

一度は目に焼き付けてほしい♪








神護寺のcoto
京都市右京区梅ケ畑高雄町
075-861-1769
JRバス『山城高雄』停留所下車徒歩20分

高野山真言宗遺迹(ゆいせき)本山の寺院で、山号を高雄山と号する。開基は和気清麻呂。
神護寺は和気氏の私寺であったと思われる「神願寺」と「高雄山寺」という2つの寺院が天長元年(824年)に事実上合併してできた寺である。神願寺は、和気清麻呂により8世紀末頃に建てられた寺であるが、所在地については河内説、山背説などがあり、決め手を欠いている。和気清麻呂は奈良時代末期~平安時代初期の高級官僚で、歴代天皇の側近として平安京遷都などに力を発揮した人物である。
空海は東寺や高野山の経営に当たる前に一時住し、最澄もここで法華経の講義をしたことがあるなど、日本仏教史上重要な寺院である。
空海の後、弟子の実慧や真済が別当(住職)となって護持されたが、平安時代末期に衰退。
中世、武士出身の僧・文覚は仁安3年(1168年)、神護寺に参詣するが、八幡大菩薩の神意によって創建され、弘法大師空海ゆかりの地でもあるこの寺が荒れ果てていることを嘆き、再興の勧進を始めた。その後、後白河法皇や源頼朝らの援助を得て、寺の再興は進んだ。文覚自身は罪を得て対馬(隠岐とする説もある)に流され、配流先で生涯を終えたが、神護寺の再興は弟子の上覚(上覚房行慈)によって完遂された。なお、鎌倉時代に華厳宗を復興し、高山寺を中興した僧・明恵は上覚の甥で、やはり神護寺に住したことがあった。
拝観料\500 駐車場\1000




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