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☆*:.。. 京都りっぷ .。.:*☆

歴史好き・グルメ好きのcotoがみた、観光客目線の京都ガイド

輪違屋 

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10年ぶりの特別公開

花街の歴史をみとどけてきた輪違屋










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300余年と、連綿と続く空間のなかで、

ふと目を閉じてみると


幕末の志士たちの息づかいが聞こえてくるような気がします。










輪違屋のcoto
京都府京都市下京区西新屋敷中之町114
JR嵯峨野線「丹波口」駅徒歩7分

創業は元禄年間。島原で営業を続けている唯一の置屋で、現在も4人の太夫を抱えている。
島原の正式名称は「西新屋敷」という。寛永18年に六条三筋町から現在地へ移転した時の騒動が当時の「島原の乱」のようであったことから「島原」と呼ばれるようになった。
公許の花街として発展してきたが、遊宴だけでなく和歌や俳諧などの文芸も盛んで、江戸中期には島原俳壇が形成されるほど活況を呈していた。
店の2階にある、襖に道中傘貼りこんだ「傘の間」や壁に本物の紅葉を塗りこんでかたどった「紅葉の間」が有名。新選組の近藤勇の屏風などもも見どころ。
\600




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侘の庭 桂春院 

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静かなひと時を独り占めできる桂春院さん









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物思いに耽るにはもってこいです。








妙心寺塔頭 桂春院のcoto
京都市右京区花園寺の中町11
075-463-6587
JR嵯峨野線「花園駅」下車徒歩20分

慶長3年(1558年)、美濃の豪族石河壱岐守貞政が桂南和尚を講じて創建した妙心寺の塔頭のひとつで、東海派に属している。
庭園は方丈の南、東、前庭の三つに分かれている。方丈南庭は、北側の崖を躑躅の大刈り込みで蔽い、その下に東より椿、紅葉等を植え、庭石を七五三風に低地を利用した飛石本位のもので茶庭の観をそなえている。
茶室は草庵風三畳の席で、藤村庸軒の好みと伝えられている。
拝観料 \300(平成26年12月31日まで)



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祇園祭 絢爛山鉾巡行☆ 

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ことしももう少しで祇園祭の山鉾巡行ですね。

すこしでもお祭りの雰囲気を楽しむために、暑中見舞いでいただいたハガキをちょっと…


今年から半世紀近く前に合同化された「前祭」と「後祭」が元の姿にもどるそうです。

どんな姿にもどるのかは行った人のお楽しみかな☆




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法金剛院には行けなかったけど… 

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上洛する予定だったけど…

なくなっちゃったんで、こちらに蓮を見に行きました。










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たくさんの蓮が大輪を咲かせていました。


仕事つらいけど、頑張らなきゃp(^_^)q







道の駅 立田ふれあいの里
愛西市森川町井桁西27
0567-23-1011

全国でも有数のレンコン産地である愛知県愛西市。花蓮の栽培も盛んで、その肥沃な湿田地帯を活かし、独特な蓮文化を築き上げてきた。道の駅・立田ふれあいの里に隣接する「森川花はす田」では、花蓮の観賞田とあわせて緑地帯の整備を行っている。








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探幽の雲竜図 妙心寺 

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法堂の鏡天井に8年がかりで描かれた狩野探幽の『雲龍図』。


こっそり覗いてみた。










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狩野探幽55歳のときの作。

円相の中心に描かれた龍の目は八方睨みといわれ、見る位置や角度によって龍の動きや表情が変化します。










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京都には五つの天井に描かれた雲龍図があるそうです。


いつか全部みてみたい。








臨済宗妙心寺派 大本山妙心寺
京都市右京区花園妙心寺町59
075-461-5226
JR嵯峨野線「花園」駅徒歩6分

臨済宗妙心寺派大本山の寺院。山号は正法山、開基(創立者)は花園天皇。開山(初代住職)は関山慧玄(無相大師)。日本にある臨済宗寺院約6,000か寺のうち、約3,500か寺が妙心寺派である。近世に再建された三門、仏殿、法堂などの中心伽藍の周囲には多くの塔頭が建ち並び、一大寺院群を形成している。
京都の禅寺は、五山十刹(ござんじっさつ)に代表される、室町幕府の庇護と統制下にあった一派と、それとは一線を画す在野の寺院とがあった。前者を「禅林」または「叢林(そうりん)」、後者を「林下(りんか)」といった。妙心寺は、大徳寺とともに、修行を重んじる厳しい禅風を特色とする「林下」の代表的寺院である。



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桔梗を愛でる特別拝観 天得院 

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にわか雨の天得院

桔梗にそっぽ向かれ、なかなかこっちを向いてくれません。
シャイなのかな・・・











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名古屋の空もようやく梅雨らしくなってきました。


でも気がつけばもう7月。
夏空が近づいてきてますね。








臨済宗東福寺派 萬松山 天得院のcoto
京都市東山区本町15‐182
075‐561‐5239
市バス202系統「東福寺」下車徒歩7分

南北朝時代の正平年間(1346~1370年)に、東福寺第三十世住持・無夢一清(むむいっせい)禅師が開創した東福寺五塔頭のひとつ。その後、衰微するが中興・大機慧雄(だいきえゆう)禅師により再興された。
慶長19年(1614年)に東福寺第二二七世 文英清韓(ぶんえいせいかん)長老が住持となり、豊臣秀吉や秀頼の五山の学僧として寵遇された。そして秀頼の依頼により、方広寺の鐘銘を撰文することとなるが、この鐘銘中に「国家安康君臣豊楽」の文字があり、家康を引き裂き豊臣家の繁栄を願うものとして家康の怒りを招き、天得院は取り壊された。
現在の堂宇は天明9年(1789年)に再建され、明治元年(1868年)には、山内の塔頭、本成寺を合併し、現在に至っている。
杉苔に覆われた枯山水の庭に、凜と咲く桔梗の青や白の花が美しく、桔梗の寺として知られるようになる。
拝観料\500






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